当社の創業者である田邉照三の精神である「協力一致」。
創業50周年を迎えた際の記念事業の一環として製作された社史「私の技術と経営」、そこに「協力一致」の成り立ちや想いが記されている。
大正十年(1921年)4月に、私は桜川で田辺機械製作所を創業した。
創業当初は、注文さえあればどんな機械でもつくる“よろず屋”だった。
そののち、優れた標準型の製品をつくり、それを買ってもらおうという方針に改めるため、“よろず屋”を廃業し、自主的な機械製作に踏み切った。
大正十年の夏のある日、冷凍機の設計をしていた私は工場続きの三坪ほどの狭い事務所で、ぼんやり椅子にもたれていた。開け放った窓から時折り涼しい風が吹き込んできたが、その風に誘われたかのように、不意に私の頭の中に、共通の一つのスプリングで排吸両弁が互いに助け合いながら作用する「合体弁」の構想が浮かびあがった。急いで椅子から体を起こし、机に向かって図に表わしてみた。瞬間、これはいけると思った。
機械の発明というにしては、実に素朴に生まれたアイデアであったが、これが当時世界のどこにもなかったユニオンバルブの発端で、コンプレッサー工業に排吸同心弁の先鞭をつけたものであった。
後日、この構造は特許になった。こうしてユニオンバルブ装備のコンプレッサーを組込んで、自動機械冷蔵庫は完成した。
冷蔵庫は残念ながら成長をみるにいたらなかったが、その製作過程でユニオンバルブのコンプレッサーを完成できたことは何物にもかえがたいものであった。
田辺コンプレッサー五十年の歴史は、このユニオンバルブを一つの基礎として成長を遂げてきたのであるが、機械設計上とはまた別の意味においても、私に気に入っていることが一つある。それは、このバルブは、一つのスプリングを排吸両弁が共有することによって作動するのが特色である。つまり、二つの相反するものが、別々では働けず、助け合い協力し合うことによって作動し、生命を持つということであるが、今これを経営者と従業員、国家と国民、人と人の関係に置き換えてみたとき、誠に象徴的な意味を持つ。私の意図する信念に完全に合致するのである。
当社の大阪本社の門をはいってすぐ右手、花壇の奥に、創業五十周年記念碑が建っている。
花岡岩(御影石)で、基礎部がコンプレッサーのクランクケースをあらわし、その上左寄りに柱を立ててコネクティングロットを示し、ロットに頭部を預ける形でピストンを意味する三角石を配置、最上部にはユニオンバルブをあらわす黒花岡岩を乗せている。全体の姿でいえば、上部の円形と下部で「田辺」を示し、同時にコンプレッサーそのものを表現しているわけである。
この記念碑はお得意先と従業員の協力によって設計製作され、会社に寄贈されたものである。デザインといい、そこにこめられた内容といい、誠に意味深いものがあるが、私にとってより意義深く感じられるのは、この記念碑の製作過程が、そのままユニオンバルブに象徴される「協力一致」をあらわしていることであった。
この記念碑の建立計画は、昭和四十五年八月に、四十六年四月が会社創立五十周年にあたるので、社内の係長会で何か贈ろうではないかと相談し、永久に記念として残るもの、五十周年記念にふさわしいものとして、花崗岩による記念碑が提案され、結局全従業員の醵金による記念碑ということになったのである。
その話が当社のコンプレッサーのお得意先の石材会社に伝えられると、その会社から石材および加工の一切を寄付したいという申し出があった。そればかりか、当社従業員が最初に設計したものを改正し、まるで我事のようにみずから素晴らしいデザインを示され、製作し、贈ってくださった。私にとって、これ以上の贈りもの、これ以上の喜びはないのである。
私はみずからの人生経験で、人のために事を行うことがどれほど大切なことであるかを承知している。したがって日ごろ、当社の製品を売ってもらい、買っていただいている、いわば私が恩顧を受けている人たちからこのように温かい厚意を受けることの尊さを身にしみて思うのである。
昭和四十六年四月三日午後二時、当社の花壇に紅白の幕がめぐらされ、記念碑の除幕式が盛大に行われた。
その記念碑が万雷の拍手の中で除幕された時、私はその美しさに圧倒された。磨きぬかれたその花崗岩の光沢は、単に機械で研磨したことによる光沢ではなく、その石にこめられたお得意先や代理店や従業員たちの純真極まりない心が、石の内側から光を放ってくるように思われ、私は陽春の日を浴びるように、その美しさに胸うたれたのである。
私が五十年前に発明したユニオンバルブは、排吸共通のスプリングを中心に互いに助け合う構造を持っており、当社の歴史は名実ともにその時が出発点であった。記念碑の礎石には、私の書いた「協力一致」の文字が刻まれているが、そのことは当社の機械の構造上の原則であり、経営の原則であり、世の中の成長するすべてのものに共通する原則だと考えている。当社の五十周年の記念碑が、このようにしてすべての意味で「協力一致」によって建立されたことを、私は心から喜び感謝したいのである。
「私の技術と経営」より一部改編